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「今年の漢字」の発表にともなう揮毫は、清水寺貫主の森清範が、ぶっつけ本番で書いています。
発表日の朝、漢検の理事長が、「今年の漢字」を書いた紙を入れた茶封筒を、清水寺の森のもとへ持参します。封筒には「親展」と書かれており、二重封筒を使用しているため、外からは見えません。
そのため、舞台に立って開封するまで、森自身も「今年の漢字」を目にすることは出来なくなっています。
清水寺は、京都府京都市東山区清水にある寺院です。山号は音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮です。
もとは法相宗に属しましたが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗っています。
西国三十三所観音霊場の第16番札所でもあります。
清水寺は法相宗(南都六宗の一)系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つです。また、石山寺(滋賀県大津市)、長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の観音霊場です。
鹿苑寺(金閣寺)、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地として有名であり、季節を問わず多くの参詣者が訪れます。また、古都京都の文化財としてユネスコ世界遺産に登録されています。
国宝にもなっている清水寺の本堂は、「清水の舞台」とも呼ばれます。建物の前半部分は山の斜面にせり出すようにして建てられ、多くの長大なケヤキの柱(139本という)が「舞台」と呼ばれるせり出し部分を支えています。このような構造を「懸造(かけづくり)」、あるいは「舞台造」と言います。この本堂には、釘は使われていません。
思い切って物事を決断することを「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と言いますが、記録によれば、実際に飛び降りた人が1694年(元禄7年)から1864年(元治元年)の間に、未遂を含み235件に上り、生存率は85.4パーセントだったそうです。
1872年(明治5年)に京都府は、「舞台飛び落ち」は封建的な悪習であるとして禁止する布令を出しました。舞台欄干周囲には、柵を張るなどの対策が施され、「飛び落ち」は影をひそめました。